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八月の魔法使い/石持浅海/光文社文庫

このような珍しいタイプのミステリを読むのは私にとっては珍しい。なにせ警察や探偵が出動するような殺人事件も起こらなければ、 犯罪すら発生していないのだ。

超一流とは言わずとも東証一部に上場する洗剤メーカという会社組織において起こった奇妙な事件が全てである。
世間が盆休み中という中で行われた温い議題の役員会議だったはずが、突如として現れた存在しない「工場事故報告書」が紛糾の元だった。 しかも同時に総務部においても同じ「工場事故報告書」を部長に問いただす退職目前の係長が現れ、二つの流れはやがて一つになっていく。 その最中に別々に巻き込まれた主人公とその恋人。果たして真相とその結末とは? そして魔法使いとは何なのか?

会社というミステリにとっては特殊な環境下において、会社員という現実的なポジションの元で、「工場事故報告書」という存在してはならないものがなぜ存在しているのかという謎を、あくまで論理的に解き明かしていく主人公の成長していく様が見ていて頼もしくも楽しい。
トリックは無くても、ロジックのみで解き明かすミステリは構築できるという良い例とも言える。

テーマ : オススメの本の紹介
ジャンル : 本・雑誌

君がいなくても平気/石持浅海/光文社文庫

本屋で適当に適切なサイズの本格ミステリ系統に属する文庫本を選択する場合、基本的に何冊か読んだ作家の作品を選ぶということになる。
その中でも最近―といっても10年以内という意味だが―デビューした作家についてはよくわからないため、この石持浅海が候補に浮上することになる。新刊コーナーで目立っていれば尚更だ。

「恋人が殺人者と気づいてしまう」というのがテーマであり、今まで読んだ石持作品とは大きく赴きが異なりそうという点から一瞬、他の石持作品にしようかとも迷ったが、結局は本書を購入に踏み切った。


新進のIT企業と老舗の赤ん坊用品メーカーが提携して、千葉市幕張の開発センターで、携帯電話を使った赤ん坊用商品の企画設計から製造までの開発全般を、主人公と恋人を含むメンバー6人が行っていた。
その第1弾製品が大ヒットしたため、平日に祝勝会を行ったのだが、物語の冒頭、祝勝会の翌日の朝に事件が発生する。開発チームのリーダーが急死したのである。原因はニコチン中毒によるという。

主人公が真に狼狽したのはその後、煙草と縁がない恋人の部屋で煙草購入のレシートを発見したからであり、その主人公が殺人者の恋人でありたくない、別れるべきだと内なる打算を考え始めるという展開。



率直に言えば、これが本格ミステリとは言い難いような構成で、サスペンス色が強い。
むろん抜かりのない伏線が示す動機や犯行手段の点では本格物らしい緻密さはあるものの、内なる心と実際の行動とに乖離が認められる不可思議な心理状況におけるサスペンスとしての風味の方が強いだろう。


同業者から言わせれば、動機となった原因については疑問だ。このプロジェクトは全く管理がなっていないというしかない。制御系システム開発者なら有り得ない話である。しかも自社開発で柔軟なスケジュールを立てやすいにも関わらずだ。(部長が無能というのが、これを誤魔化す伏線だとしても酷すぎる)

しかし同時に少なからぬコンシューマー向け製品の製造に携わる者ならば、ちょっと恐くもなったのではないだろうか。この作品に限らず、実際に有り得る話だからだ。そこにはリアリティは感じられるし、ニコチン毒についても同様だ。


いずれにせよ、主人公は打算とエゴに満ち満ちた男に過ぎないが、その主人公が殺人者と強く疑う恋人に対して、どのような行動を取ったか。首尾良く別れることが出来たのか。そもそも犯行の動機は何なのか? そして開発チームの運命は? 様々な疑問がサスペンス的な作風と相まって、一気に読ませる小説であることには違いない。



テーマ : オススメの本の紹介
ジャンル : 本・雑誌

セリヌンティウスの舟/石持浅海/光文社文庫

200ページ強の推理小説。既に何冊かは読んだことある信頼出来る作家でかつ、新幹線で読み終える分量ということで購入。
評価としては満足行く作品で寝てしまうこともなく一気に読了。
文庫版とはいえ、このレベルの作品がいまだに初版一刷目というのが納得出来ないとすら感じさせる。

タイトルにもなっているセリヌンティウスとは、走れメロスで、身代わりとなって監獄で待ち続けるメロスの親友 メロスが時間までに帰ってくるのをただひたすら信じている。

この話は、その走れメロスの登場人物のように本格ミステリであり、死亡事件を扱ったものにも関わらず、 6人の登場人物たちが互いを信じて止まないという特異な設定を成功させている点が奇妙な新鮮さを感じさせる。

場所は石垣、スキューバーダイビングのツアーに参加した 他人同士の社会人男女3名ずつの計6名は、悪天候などの要因もあって、海に死と隣り合わせとなったものの、 互いが手を繋ぎあい、輪となることで生き残ることに成功した。
そして、それが彼らの相互の関係を至高の信頼関係にまで高めることになったという前提から始まる。

ところがその信頼の絆で結ばれた6人の中の一人が、6人が寝泊まりしている最中に自殺してしまうという事件が発生してしまう。
警察は自殺と処断するが、青酸カリの薬瓶のフタが閉まっていたことで、信頼関係に満ちた仲間内だけに生じる疑問が発生してしまうが・・・。

先に記したように悪意が排除され、善意のみが残った異端とも言えるアイデアと設定のうまさが光る本格ミステリとなっている。
惜しむらくは、作品に息づいたものに対して、最終ページの最後の行動が気味悪いくらいの不協和音を感じさせることだろうか。最後の雑さには合点がいかない。

テーマ : オススメの本の紹介
ジャンル : 本・雑誌

アイルランドの薔薇/光文社文庫/石持浅海

日本物じゃないと読む気がしないとも思って敬遠するなかれ。
アイルランドの薔薇は乱歩的な探偵VS怪人という要素も含めた意外性に富んだ本格探偵小説となっており、更にアイルランドという舞台はあの北アイルランド問題に直結している興味深くも分かりやすい内容となっているのだ。
その北アイルランド問題に絡んでいるため、警察を呼ぶことが出来ず、それでも真犯人を見付けないといけないという状況下、作品ならではの特殊な動機付けなど作品としては一級品と言えるだろう。
(2008年4月読了)

テーマ : ネタバレ無し探偵小説
ジャンル : 小説・文学

顔のない敵/カッパ・ノベルス/石持浅海

近ごろの本格ミステリ界に疎い私でも名前だけは知っていた。なぜ読もうかと思ったかというと、なんとなく立ち読んだ本格ミステリベスト10の上位の中でノベルスだったことということと、適度なサイズの短篇集であること、なんとなく名前は知っていたという点が大きいだろう。

本書は対人地雷をテーマにした短篇集となっている。正直本格ミステリと対人地雷に何の繋がりがあるのかよくわからず、どんな作品世界に引きずりこんでくれるのか不安とランキング上位の期待が入り交じっていたが、読んでみると、見事に溶け合っているし、対人地雷についての小難しい話題もなく、すんなりと対人地雷の絡んだ本格ミステリとして作品世界を理解することが出来た。また日本社会における正義とは異なる論理で地雷除去現場の正義が語られるところにも注目したい。そしてもちろん完成度の高い本格ミステリでテーマとの協調性も高い。これを光文社の本格推理投稿時代に書き上げているのだから驚くばかりだ。収録作品は、「地雷原突破」、「利口な地雷」、「顔のない敵」、「トラバサミ」、「銃声でなく、音楽を」、「未来へ踏み出す足」、「暗い箱の中で」。

「地雷原突破」は地雷除去NGOの友人との会話形式であり、欧州の平和社会の中で、仮想地雷地帯を作って地雷の密集を再現した中の憂鬱な死の悲劇について語られる。会話形式であるからこそ真実を見抜くことができ、また本格探偵小説のトリックや動機面の種別としてもオーソドックスで実は地雷テーマがなくとも書ける話となっているのが減点だが、それでも地雷テーマとの絡みによって作品に重みが出ているのは大きいと言える。

「利口な地雷」は殺人の謎よりも利口な地雷自身の謎の方に興味が向くという地雷テーマならではの不思議でかつ残酷な面白みがある。

「顔のない敵」は本書のタイトルになっているとおり、象徴的なタイトルであり、テーマとなる地雷がまさに主役を張っている本格ミステリ。地雷を知らぬ私であっても、その犯罪動機には納得させられるという説得力を持つ。

「トラバサミ」は日本社会に地雷が設置されるならどこに設置するという話。ここでは実際の地雷の代わりに獣用罠のトラバサミを代用している。謎と解答の出し方はテーマに沿った興味を満たしている。 「銃声ではなく、音楽を」は謎小説としては読めないが、地雷除去NGOの同一登場人物を再び出して、冒頭の「地雷原突破」と対をなしている点で本書に必要な話であると言える。

「未来へ踏み出す足」は「顔のない敵」の直接の続編であり、同種の感想を抱かせる作品。地雷ものの掉尾を飾る作品としては相応しいものとなっている。

「暗い箱の中で」は地雷物とは一切関係ない作者の処女作(光文社「本格推理」投稿採用作)。この処女作と第2作「地雷原突破」の落差は著しいが、これが地雷テーマの威力というものなのだろうか?
(2006年12月読了)
筆者の石持浅海氏は愛媛県生まれである。

テーマ : ネタバレ無し探偵小説
ジャンル : 小説・文学

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